小説・エッセイ

(書評)高峰秀子の言葉・斎藤明美

心に残る言葉がある。励ましであれ叱責であれ独言であれ、その言葉が発せられた時の光景を伴って一言一句が甦る。放課後の教室、早朝の事務所、月明りの帰り道......。やがて言葉は心に沁み入り、こんな時ならあの人はこう言うに違いない、ああは言わないだろうなどと思うのだ

小説・エッセイ

(書評)ソラシド・吉田篤弘

山に向かえば、限界集落。荒れ果てた田畑、初ちた家屋。町に降りれば、シャッター通り。人の往来も少なく、冷えた空気が漂う。かつて、村には祭りで賑わう人々の笑顔があり、町にはシャッターを勢いよく上げる音と、店主らの挨拶の声があった。二〇一五年を生きる私の頭の中には、そ

小説・エッセイ

(書評)空より高く・重松清

高知から香川の高校に進み、寮生活を送りながら卓球に打ち込む息子に会いに、この三年間妻と二人何度も試合会場や彼の高校に足を運んだ。体育館では、応援席で熱気に包まれ、自身を鼓舞する選手の雄叫びや指導者の厳しい叱咤の声を聞き、敗者の涙も幾度となく目の当たりにした。高校

小説・エッセイ

(書評)国史大辞典を予約した人々 百年の星霜を経た本をめぐる物語・佐滝剛弘

床が抜け落ちて建て直したという離れの書斎には、夥しい本が足の踏み場もないほどに積み上げられていた。書店に勤めていると、とてつもない読書家に出会うことがあるが、あの白髪の老人もその一人。無知な若僧の私に、たくさんのことを教えて下さった。「群書類従」「徳川実紀」等々、書棚

小説・エッセイ

(書評)親を送る・井上理津子

あまり語られることのなかった葬儀業界を丹念に取材して話題となった前作『葬送の仕事師たち』の著者の最新作である。七九歳の母の急死から、その四か月後の父の逝去まで、著者自身の看と介護、そして葬儀までの日々を克明かつ詳細に追体験して成ったこのルポルタージュは、父母の死

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(書評)抱く女・桐野夏生

一九七〇年代、東京・吉祥寺近辺の下宿から大学に通っていた人間として、当時の風景や空気を髣髴とさせる一冊の青春小説に出会った。ジャズ喫茶、ライブハウス、ハモニカ横丁、足繁く通った本屋。長髪、画褪せたTシャツ、ベルボトムの裾のほつれ。いつしか当時の自分を俯瞰しているかのよう