2023.11.29 (書評)慟哭の海峡・門田隆将 太平洋戦争末期、日本人に「輸送船の墓場」「魔の海峡」と呼ばれ恐れられていた場所があった。台湾とフィリピンの間のバシー海峡がそれである。多くの日本人を乗せた輸送船、駆逐艦、海防艦がアメリカの潜水艦や航空機に撃沈され、この海峡で命を落とした日本人の数は十万人以上と言われているが、その正確な数は、来年で戦後七十年が経とうとする今も不明のままである。この本は、そのバシー海峡に強い思いを持ったまま、偶然にも同じ二〇一三年十月に亡くなった二人の老人の戦後の足跡を辿ったノンフィクションである。その一人は、中嶋香さん、享年九十一。自身の乗る輸送船が撃沈され、実に十二日間に及ぶ漂流の末に奇跡的な生還遂げる。戦後は、バシー海峡を望む台『猫鼻頭岬に鎮魂の寺「潮音寺」を建立すべく奔走し、維持に努めた。その後半生は亡くなっていった仲間の慰霊のために捧げられる。もう一人は、やなせたかしさん、享年九十四。「アンパンマン」という世紀のヒーローの生みの親。日本の漫画界に大きな足跡を遺したあのやなせたかしさんである。彼もまた、たった一人の最愛の弟をバシー海峡で亡くしている。やなせさんの弟、柳瀬千尋さんは、京都帝国大学卒業後、海軍少尉として駆逐艦に乗船。二十三年というあまりに短い生涯を終える。戦後、顔を喰べさせるという犠牲的精神を発揮する正義の味方アンパンマンを生み出し、描き続けたやなせさんは、コンパスで描いたような丸顔で人なつこかった最愛の弟に、そのキャラクターをダブらせていたのではないか。深い無念を希望に変えるべく、想像力を働かせ続けたのではないかとこの本の著者は、問う。二人の老人の半生を克明、詳細に辿ったこの一冊が浮かび上らせるのは、「二十世紀の奇跡」と称された高度経済成長を成し遂げたこの日本が、個人個人の無念と喪失感の上に成り立っているという事実であり、戦後七十年を前にそれが風化しつつあるという現実である。 文:新山博之 (週間新潮 第2967号に掲載) Tweet Share Hatena Pocket RSS feedly Pin it (書評)高峰秀子の言葉・斎藤明美 前の記事 企画舎GRIT 5年目に向けて 次の記事